平成17年(2005年)3月6日(日曜日)
ウーファ物語 クラウス・クライマイアー著
訳/平田達治・宮本春美・山本佳樹・ 原 克・飯田道子・須藤直子・中川慎二 6090円(税込)
評者・吉田 直哉(演出家、文筆家)
銀幕という四角い狭い空間から、二つの大戦をまたぐドイツの神秘的な歴史を描いた、本文七百頁、出典と索引百頁余の大著。
「ウーファ」はドイツ史上最大の映画コンツェルンで、その名は『嘆きの天使』や『会議は踊る』の制作会社として、ufaの文字を菱形で囲んだロゴマークとともに、日本の映画ファンにも親しい。第一次大戦末期、ドイツ国民の戦意を高揚させる映画が必要だという、軍部の要請で生まれた。政府とドイツ銀行の巨額出資によって、たちまち、制作・配給・上映館チェーンという垂直構造をもつ、世界初の映画コンツェルンが出現、かのハリウッドさえ、この後塵を拝したのである。
改めて驚かさせるのは、こんな軍事・政治的性格の色濃い生まれなのに、敗戦後のすさまじいインフレ時代も生きのび、芸術的香り高い傑作をつぎつぎに数多く生み出したことだ。
しかしこの黄金時代も永続せず、アメリカ資本との不利な協定締結に追いこまれる。それにつづく一九二七年の倒産の危機、三三年のヒトラー政権掌握後の宣伝相ゲッベルスの支配。そのたびに経営的に大きく右傾化するのだが、実体はどうだったのか?本書の真骨頂は硬軟両側面からの、この解明にある。
これまでは『ガリガリからヒトラーへ』でクラカウアーが描いた、独裁者への「集団心理的服従」がその軌跡で、明快にすぎる定説だったが、じつは中世の聖堂建築職人と権力者の間の力学に似ていた、と著者はみて検証するのだ。
その結果、第一次大戦中は戦意高揚映画をつくらず、ヒット作を要求されると芸術映画、高尚を求められた三〇年代は俗悪、ナチ時代は現実逃避の映画をつくった、など興味ぶかいねじれが確認されていくのである。映像による民心誘導に成功した例も、失敗して裏目に出た例も数多く描かれ、予言にみちた本格的現代史の力作。
◇クラウス・クライマイアー=1938年生まれ。ジーゲン大学メディア学教授。