平成17年(2005年)1月30日(日曜日)
本と出会う―批評と紹介より 池内 紀 評
ウーファ物語 クラウス・クライマイアー著
訳/平田達治・宮本春美・山本佳樹・ 原 克・飯田道子・須藤直子・中川慎二 6090円
「ウーファ」と聞くと、映画好きならすぐにUfaを菱形で囲ったマークを思い出す。「ドクトル・マブゼ」「メトロポリス」「嘆きの天使」「会議は踊る」……。映画史に残る名作というものだ。タイトルを知っているだけであれ、何やら伝説と栄光がただよってくる。
いかなる映画会社だったのか。その誕生から終焉までが語られていく。本文約七百頁、資料にあたるものが百頁あまり。ドイツの大学教授、メディア学を教えている人がこれを書いた。その量と肩書きを聞いただけで、うんざりするかもしれない。力作ではあろうが、まあ、ごめんこうむろう。
いや、そうではない。ちがうのだ。格段におもしろい。著者は膨大な記録を駆使して、たのしく語るすべをこころえている。もとより映画好きであって、ここぞのときにはキメのセリフをはさみこむ。ドイツにも、たまにはこんな粋なセンセイがいるものだ。
目次からして風変わりだろう。はじめに「フェードイン」とある。ついで「開幕スーパー」、本文は2部仕立て、しめくくりが「終幕スーパー」。つまり、映画と同じつくりだ。しずしずと幕が開いて、大長編映画のはじまり。「ウーファはドイツの巨大な映画コンツェルンであった―」
耳近くにナレーションが聞こえる気がする。ついでに「終幕スーパー」の打ち切りを告げる「フェードアウト」を引いておく。「死人は私たちのあいだに霊として生きているのだ」
誕生は第一次世界大戦末期の一九一七年十二月。国民の戦意高揚とドイツ文化の啓蒙に、当時最新のメディアが軍部の大物の目にとまった。帝国政府とドイツ銀行が巨額の出資をして、またたくまに制作・配給・映画館チェーンを一元化した世界最初の映画コンツェルンをつくりあげた。
粘土づくりの操り人形として生まれたのに、頭にロゴマークをいただいたとたん、気ままな反逆児になった。スチール写真とメディア学者が、こまかく「成長」の過程をあとづけていく。戦意高揚を求められた際には、プロパガンダをせず、輸出用の娯楽映画をいわれたのに、つぎつぎとおそろしく高級な芸術映画をつくり、映画芸術が叫ばれだしたとたんにたわいない通俗映画を増産。「親」の意向にそむき、期待を裏切りつづけ、かわりに栄光と伝説を手に入れた。
「自ら引き起こした破滅を目の当たりにして、ナチの指導者たち、なかんずく宣伝相は、自己様式化という精神錯乱に陥った」
ナチス・ドイツの末期につくられた国民映画「コルベルク」のくだり。十八万のエキストラと六千頭の馬を動員し、敗色濃い状況のなか、士気高揚のために制作された。宣伝大臣ゲッベルスはアメリカ映画「風と共に去りぬ」に対抗させるつもりだったようだが、完成は一九四五年一月のこと、ドイツ国内の大半の都市は大空襲を受けていたおり、わずかにナチの高官たちが寒々しい前線本部で鑑賞した。
ことあるごとに口出ししてくる政治家や小権力者たちとウーファとの相克が、具体的な映画づくりの例を通して克明にあばかれている。新しい映像芸術を生み出そうとした面々を、中世における「聖堂建築職人」たちになぞらえているのだが、いかにもドイツの学者らしいのだ。
映画会社の歴史自体が、とびきりの物語をもち、喜劇と悲劇と悲喜劇とりどりの映画性をそなえている。つい力が入って、頁がふくらんだ。