平成18年(2006年)8月27日(日曜日)
掘るまいか―山古志村に生きる 三宅 雅子 著
にいがたの一冊
貫通への不屈の精神
平成十六(二〇〇四)年の中越地震で全村非難した山古志村(現長岡市)は、昭和三十一(一九五六)年の合併まで山古志二十村郷と呼ばれていた。明治以来の道路開削の熱望を終結して、村人たちは昭和八年から十六年かけて約一`の手掘りトンネル中山隧道を完成させた。
本書は、トンネル貫通までの村人たちの不屈の足跡とその後の経過を追った労作で、文部科学省選定のドキュメンタリー映画『掘るまいか』の原作でもある。
昭和八年十一月十二日に起工式が行われ、山古志一帯の村の中でも最奥地に位置する六十三戸の小松倉集落の村人たちが掘り始めた。錦鯉「色鯉」や闘牛「牛の角突き」など山古志独特の文化に触れた上で、こうした文化を持つ村人たちの粘り強さがたどられていく。
村は賛成派と反対派に割れ、賛成派の父親・息子・孫と親子三代、十四歳以上の男たちが農閑期につるはし一つで掘り進めた。酸欠状態の穴の中で作業する男たちを支えたのは、彼らの母親や妻であった。作者はこうした親子関係に「力を合わせて生きていかねばならない日本の村社会の良い面」を見いだし、伝統的な家族の絆にも言及している。
豪雪と凶作の中の掘削、戦争による中断、戦後の出水など数々の苦難を乗り越えて昭和二十四年五月一日午後八時二十分、ついに「人頭大の穴」が開いた。その後、平成十年に新トンネルが完成するまでのプロセスもたどられていく。
「乱流 オランダ水理工師デ・レーケ」「熱い河」で巨大土木工事に従事した男の生きざまを活写した評伝を手がけた作者だけに、トンネルを掘った男たちと彼らを日々の生活の中で支え続けた女たちのそれぞれの心情にも確かな視線を向けている。こうした綿密で真摯な描写が感動を誘う。
「あとがき」で、中越地震の前年に完成したドキュメンタリー映画「掘るまいか」のことが紹介されている。手掘りトンネルのつるはしの深い痕に感動した作者は、村人たちの不屈の精神はどこから湧いてきたのか、と取材を開始し、熱い情熱を込めて自らシナリオを書いた。映画は六年かけて制作され、第一回文化庁文化記録映画優秀賞、新潟日報文化賞、土木学会映画企画賞・制作賞・監督賞を受賞した。
映画の出演者は全員村人たちで、山古志の風景や生活記録を残すものともなった。地震後は「震災チャリティー」の活動として全国で上映され、寄付金は山古志へ送られているという。上映方法の問い合わせに関しては、「あとがき」の中に上映推進委員会事務局のメールが記されている。
清原 康正(文芸評論家)