「図書新聞」

平成17年(2005年)6月25日(土曜日)

ウーファ物語 クラウス・クライマイアー著
訳/平田達治・宮本春美・山本佳樹・ 原 克・飯田道子・須藤直子・中川慎二 6090円(税込)
 

ドイツ映画会社の栄枯盛衰をたどるきわめて興味深いドイツ文化史の大著 瀬川佑司
「事実上ハリウッドに対抗しうる唯一の勢力」と評されたドイツ映画産業の中心に位置したウーファ
 アムステルダムにある「アンネ・フランクの家」を訪ね、かつてアンネが寝室として使用していた狭い部屋に足を踏み入れたとき、ひとつ衝撃を受けたことがある。両側の壁には、建物の外に一歩も出られない彼女の気持ちを少しでも明るくするために、父親が雑誌から切り抜いたという外国の観光写真などが張られていたのだが、そのなかにウーファのスターの写真数葉が混じっていたのである。ナチに占領された土地で、恐るべき<ユダヤ人狩り>から逃れようと努力し、のちに絶滅収容所に送られて命を落としてしまう少女の部屋に、よりによってドイツの映画会社の俳優がほほえんでいるという構図はあまりにも皮肉であり、哀しいものに思えてならなかった。
 しかしこの事実は、当時のドイツ映画が、軍事力を背景にしてであるとはいえ占領国をはじめとする多くの外国の映画館でも上映されており、ドイツ映画産業が「事実上ハリウッドに対抗しうる唯一の勢力」と評されていたという真実を考慮すれば、起こって当然の現象だったといえる。第一次世界大戦勃発後、映画によるプロパガンダの重要性を認識したドイツの政財界・軍のトップは外国資本の映画関係施設を没収し、乱立していた国内の映画会社を統合して映画産業の強大化を図った。このとき誕生したのが、本書で扱われているウーファにほかならない。やがてドイツ映画界は表現主義の時代に世界的名声を得るに至り、トーキーの導入時にも数々の作品を諸外国でヒットさせ、芸術的にも商業的にも大きな成功を収めることになる。つねにその中心に位置し、ドイツ映画を質量ともに支えたウーファからは、フッリツ・ラングの『ニーベルゲン』や『メトロポリス』、F・W・ムルナウの『ファウスト』『最後の人』といった名作が数多く生み出され、第二次世界大戦中にはさらに他の会社も統合したのちに国有化されるなど、<政治・戦争と文化の関わり>という意味でも、その社のたどった軌跡にきわめて興味深いものがある。
(中略)過去のドイツの映画史に関する書籍としては、わが国ではクルト・リース『ドイツ映画の偉大な時代』とジークフリート・クラカウアー『カリガリからヒトラーまで』の二冊が有名である。しかし本書は、リースのような「すべての場に居合わせたかのように嘘を書く」やり方でもなく、クラカウアーのように自らの歴史観にとって都合のよい部分だけを取り上げ、それが映画史の全体像であるかのようにふるまうといった姿勢でもなく、いわば黒子のように資料を提示することに徹している。クライマイアーはS・クラカウアー、L・アイスナー、J・テープリッツをはじめとする古典的な著書に大きく依存しながら、当時の映画雑誌等から関連した文章を次々と引用し、そのあいだを教科書的な文章で繋ぐかたちで各章を組み立てていく。その熱意と労力には、心から敬意を払いたい。
(中略)とはいえ、本書がドイツ文化史について広く知ろうとする人には、きわめて有益な情報を大量にもたらしてくれるものであることは疑いがない。たとえば高校や大学でレポートを書こうとするような方々には、基礎的文献としてお薦めできるだろう。
 (明治大学教授)

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