家族の希望を託した絵本 まとめ 編集部
三重県の猪野亜朗医師から、編集部に一冊の絵本が届いた。「酒好き」のおじいちゃんと、孫のはやた君をめぐる物語だ。ページをめくるなりぐいぐいと引き込まれた。
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このおじいちゃん、バレないようにごまかして酒を飲むけれど、バレないと思っているのは本人だけ。はやた君によれば「口が酒くさいのですぐバレます」。
傍迷惑なトラブルばかりをお越し、身体をこわしても「酒のせいやない。ちょっと急ぎの風邪や」とうそぶく。困り者だが、どこか憎めない……そう。依存症の患者さんによくいるタイプなのだ。
はやた君の視点から、そんなおじいちゃんとの交流がちょっとコミカルに描かれている。けれど、はやた君の「お母さん」にとっては、それどころの話ではない。この父親のもとで長年苦労を重ねてきたのだ。その「お母さん」がある日とうとう倒れて……。
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作者の伊村俸一さんは「文章を書くのも初めて」だという。父親がアルコール依存症で三重県立こころの医療センターに入院後、現在はグループホームに暮らしている。そのプロフィールを聞いて、絵本出版に至るまでの経緯を知りたくなった。
縁を切るつもりが……
伊村さんは、絵本に出てくる「お母さん」に自分自身を重ねていた。問題ばかり起こす親の世話を続けてきた重荷を背中にうかがわせるような存在だ。では、主人公のはやた君は?
「私の中から掘り起こしてきた希望、です。私自身が長いこと、そういう気持ちを失っていました」
伊村さんの少年時代は、かなりの波瀾に満ちていた。酒とギャンブルで借金を重ねた父親が失踪したのは、小学校5年生のとき。伊村さんは祖父宅に預けられた。借金取りがたびたび押しかけてきたという。当時は今と違って、家族にも容赦ない取り立てが行われた。
「朝早くから怒鳴り込んで、土足でずんずん入ってくる。学校から帰ると、借金取りが7,8人家の中にいて勝手にお茶を飲んでいたり……」
今では笑って話す伊村さんだが、普通に暮らしている家庭がうらやましくてたまらなかった。母親はあちこち転々として住み込みで仕事をしていたが、当時はそんな事情がわからず、自分の親は二人とも、ろくな親ではないと考えていた。
「祖父も亡くなって、私も思春期になると、いろいろわかってきます。母は昔の人ですから、離婚など考えられず、酒と暴力と借金の中でひたすら辛抱、辛抱で暮らしてきたのです。そうなると悪いのは父です。私自身、社会人になると、どんどん父の存在が邪魔になってくる。いつも父に足を引っ張られて、殺してしまいたいと思ったこともありました」
苦労を重ねた母親が13年前に他界すると、伊村さんは父親との縁を切ろうと決心し、家を出た。警察から知らせがあっても「関係ありません」と突っぱねた。けれどとうとう7年前に市役所から、引き取ってほしいと電話があった。アパートで衰弱しているのを大家が発見して役所の連絡したのだった。自分が断れば、親戚の誰かに連絡がいく。そして結局、自分のところに回ってくる。そんなややこしいことになるよりはと、重い腰をあげたのだった。
「こころの医療センターに入院させて、自分が世話係となりましたが、親子の関係はとっくに崩壊していて、私は父を受けツテいませんでした」
お父さんがじまんだった
そうしたエピソードは、この絵本の中には出てこない。当初はたくさん書きこんであった恨み節を、結局はすべて削っていったのだという。
絵本を作りたいという思いは、父親の入院する病棟に出入りするうち、ふぉと、わいてきた。多くの患者、疲れた顔の家族、奔走するすたっふ。重症で担ぎ込まれた父親は徐々に元気を取り戻し、その後は脱走の「常習犯」となった。そのたび大騒ぎとなり、落ち着いて仕事もしていられない。顔をみると小言ばかりになってしまう伊村さんだったが、一方で心境の変化も生まれていた。
「僕自身が勉強させてもらったからか、多少心の余裕ができて、親父への理解が生まれてきたんです。別に話し合って握手したわけでもないけれど、肩の力を抜いて受け入れていこうかなと……」
ただし父親は、依存症のことを勉強するプログラムにでても、わかっているのか、いないのか。「やる姿勢だけ見せて切り抜けよう」という態度が目立った。他にも、細かい字のプリントにはついていけず、イスに座っているのがやっとの患者さんたちがいる。絵本なら、チラッとでも見てもらえるのでは…てん家族の心情を受け取ってもらえるのでは……と思いついた。
ストーリーを何度も書き直すうち、子ども時代の気持ちを思いだした。
「大きい背中お父さんが自慢だったなと。男の子って、『僕のお父さんはね!』と友だちに誇りたい気持ちがあるでしょう。どうでもいいようなことでも互いに自慢しあって『うちのお父さんなんか、もっとすごいんだぞ』みたいな。実際には、どこか遊びに連れて行ってもらった記憶もないし、酒を飲んでおふくろを殴ったりする親父だったけど、汗をかいて仕事をしている後ろ姿はかっこいいなと思っていました」
そんな気持ちをもったまま大人になりたかった。でも、今だって同じじゃないかと伊村さんは気づく。
「自分の親父なんだから、尊敬した。大好きな親父だと思いたい。いつかは酒をやめて、静かに将棋でもさして、一度ぐらい親子で旅行にでも行って……」
願うのになかなか伝わらない、その心情を、主人公の「はやた」に託した。
笑ったもん勝ち?
仮原稿を父親にさりげなく見せた。ふだん饒舌な父親が黙りこくって、めずらしく活字を追っていた。「これ、ワシの話みたいやな……」と、ぽつりと言ったという。
徐々に認知の問題が出てきた父親は、3年間の入院を経てグループホームに移った。当初は入所者でスーパーに買いに行った折、酒のパックを服の中に抱えて店を出ようとしたこともあった。
「ワンカップならまだわかるけど、1.8リットルのパックを2本ですよ。あわてて見せに駆けつけてあやまりましたが、こうなったらもう、笑うしかない。笑ったもん勝ちかなと思いました……」
そのホームで入所者たちの似顔絵を描いては壁に貼っていたスタッフがいた。それぞれの雰囲気を、なんとも生き生きとらえている。原稿を見せ、絵を描いてくれないかと頼んだ。それが、桜井花子さん。現在では似顔絵画家として独立している。
あちこちの出版社を回ったが、「新人の絵本はまず売れない」と丁重に断られた。最後に長野の出版社の社長が興味を示してくれた。
この夏にようやく絵本が完成した。その1ヶ月後、断酒して十数年になる人が感想を話してくれた。
「今まで、自分はこれだけがんばって酒をやめてやっているのに、家族は何の文句があるのかと思ってきた。でもこの本のおかげで、自分が息子たちに何をしてきたのか、振り返れた。ずいぶん時間がかかったが、やったわかった」
その一言だけで、伊村さんは報われた気持ちになったという。
患者さんが家族の思いに気づくきっかけに、そして家族が見失った希望を思い出すために……病棟の一隅にぜひ置いてほしい一冊である。