『テレビの時間』   


西日本新聞 読書館より
       平成19年(2007年)9月2日

番組作りの心構え問う       
                            放送作家・松石 泉

ローカル局の制作現場は、今、疲弊している。デジタル化への巨額な投資のしわ寄せで制作費が削られる中、視聴率アップというスポンサーの要求は変わらない。また、局のイメージを高めるため各種コンテストにおける受賞を迫られる。こうした量と質、「広く浅く」と「狭く深く」という相反する命題を同時に達成しようにも、予算ばかりか人材も不足。制作部門のスリム化を進める局は欠員が出ても補充しない。現場は日々の業務に追われ、番組作りもルーチンワークとなりがちだ。
 そんな制作現場に、番組作りとは何か、それに携わる人間にはどんな心構えが必要かといった、根本的だが忘れてはならない問いを本書は投げかける。「我々は(中略)精神的な産物を作っている」「放送は(中略)単なる『情報カタログ提供業』、現実の『写し伝え業』ではない」といった言葉が、易(やす)き流れに慣れ切った心に突き刺さる。
 本社はテレビ草創期から一貫してテレビドラマの演出・制作にあたり、「岸辺のアルバム」や「ふぞろいの林檎(りんご)たち」などヒットを連発した著者が1970年代からさくねんまでに発表した文章を再録した。論文からエッセイ、インタビューまで語り口も違えば、その内容も芸術論のような硬いものからドラマ制作の裏話まで多岐にわたっている。50年近く第一線で手腕を発揮し続けてきた人だけにどの文章も具体的で示唆に富む。数十人のスタッフを動かすドラマ作りの現場の話は、組織論として読むことも可能だ。しかし、最も読者となるべきは、これから放送の世界へ飛び込もうとする若い人たち、そして、今まさに制作現場で働いている人たちだ。
 番組は「本我」で発想され、切実するものだと著者は主張する。「本我」とは、センス、賢明さ、洞察力、勇気、包容力や知識など本人の身についた能力や品性などのこと。こうした個人の資質を充実させなければ視聴者に提示できる番組は作れない。まず自分の引き出しを充実させる。それが見るに堪える番組を作るための第一歩であることを本書は改めて教えてくれる。