朝日新聞読書欄 2006年11月19日
美の基準は民族によって違うし、時代によっても変化する。エロティシズムもしかり。今や西洋的価値観に洗脳された我々が失った日本独自のエロティシズムを著者は正面から論ずる。
本書は問う。日本十は裸体に関心がなかったか、と。
西洋美術では、神の時代の中世を除けば、美しき女性の裸体のオンパレード。理想の美が追究され、エロスの世界が表現された。一方、前近代の日本では、女の乳房は男にとって、エロティックでも美の対象でもなかったというから驚きだ。日本の男の乳房への性的な視点は、西洋へのあこがれの結果だという。だが、日本には、西洋のあからさまなそれと違う独自のエロティシズムが育まれたのだ。
日本には古くから肉体拒否の思想や余韻・余白の美学の伝統があり、そこから女達の表情や容姿から滲み出るほのかなエロティシズムが発達した。それを最も巧みに描いたのが江戸時代の浮世絵。ふくらはぎや太ももの一部を露出させる鳥居清長の女の姿表現に日本的エロティシズムの神髄を見る著者は、次に近松門左衛門の『曽根崎心中』で、男の人形の手が女の人形の素足や肌を触るエロティシズムを艶やかに描く。日本人の心の深層に迫る刺激的な文化論だ。
陣内秀信(法政大学教授)